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“ゲーム機”「iPhone」が市場を席巻する日-後編-(COLUMN)
クリエーターを吸い寄せる自由市場の脅威
 破竹の勢いでゲーム市場の先頭を行き、「100年に1度」の不況をものともせずに、過去最高の売上高と営業利益を見込む任天堂。だがその背後に伏兵が忍び寄っている。米アップルだ。
 多機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」と、アイフォーンから携帯電話機能を省いた「iPod touch(アイポッド・タッチ)」の累計販売台数は、4月中旬、世界で3700万台を超えた。
 これらを対象にアプリケーションソフトを配信するサービス「App Store(アップストア)」のダウンロード数は、4月24日、10億の大台を突破。その人気を、ゲームソフトが支えている。
 任天堂のお株を奪うような格好で、ユーザーとソフトを増殖し続けているアップル。任天堂にとっての脅威は、これにとどまらない…。
 4月22日、ゲーム業界の構造変化を象徴するようなゲームソフトがアップストアでリリースされた。
 「Spilt Milk」と名づけられたそのゲームは、英国の人気ロックバンド「Fightstar」のプロモーションの一環で作られたもの。新しいアルバムのジャケットに描かれた「牛」がモチーフとなっており、ゲームのBGMにはニューアルバムの収録曲が使われている。
 指でグラスを左右に動かしながら、上から滴り落ちてくるミルクを逃さずに取るだけというシンプルなゲーム。一定期間内で最も高い得点を出したユーザーに1000ドル相当のギターがプレゼントされるというおまけもついている。
 Fightstarがこのゲームの製作を依頼したのは、ゲームソフト会社でも、有名なゲームクリエーターでもない。ゲーム業界では無名の、1人の日本人である。
1人で作ったギターのソフトが80万以上のヒット
 IT(情報技術)関連ベンチャー、ケイビーエムジェイのCTO(最高技術責任者)を務め、この4月に顧問となった笠谷真也氏、30歳。
 彼は昨年の12月、Fightstarから「何かアイフォーン向けのソフトを一緒に作れないだろうか」という1通のメールを受け取った。
 Fightstarのメンバーは、笠谷氏が作った「Pocket Guitar(ポケットギター)」というソフトに感銘を受け、「彼ならクールなソフトを作ってくれる」と踏んだのだという。
 Fightstarのベースを担当するダン・ハイグ氏は、欧米で人気があるパソコン向けシューティングゲーム「Quake」の製作に携わった経験があり、ゲーム業界に、つては多い。にもかかわらず、見ず知らずの日本人に声をかけた。
 ポケットギターは、画面にギターのフレームが映り、指で弦を押さえたり、はじいたりすると、本物のギターを弾いているかのように音を奏でるアイフォーン/アイポッド・タッチ向けのソフト。
 2008年9月の公開から今まで、世界で80万回以上のダウンロードを記録し、日本でも「歴代有料トップアプリケーション」20作品の1つにランクインしている。
 ギターを嗜む笠谷氏が、アイポッドで曲を聴いている時に、自然と指が動くことに気づき、「画面を触って、音が出たら面白いんだろうな」と思ったことが、きっかけだった。

 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)を卒業後、自らも創設に携わったベンチャーで業務をこなす傍ら、余暇を利用してたった1人で作ってみたら、思わず世界中でヒット。それが、約10社からの仕事のオファーを呼び込んだ。
 その1つ、Fightstarからの依頼は、笠谷氏自身、初めての経験となるゲームソフトへと発展した。今度は個人としてではなく、会社の仕事として取り組んだ。メンバーとメールで何回もやり取りして詳細を詰め、約4カ月後、アップストアでの公開にこぎ着けた。
 この話は、ゲーム産業の構造を揺るがすような変化が起きていることを教えてくれる。
 すなわち、ゲーム産業における主権が、ゲームプラットフォームのメーカーや大手ゲームソフト会社から、個々のクリエーターへと移りつつあるということを。
アップストアは誰でも参戦できる“草野球” 
「マック1台と、アイフォーンかアイポッド・タッチをご用意いただき、それに年間1万800円のメンバーシップ料をお支払いいただければ、どなたでも世界中のアイフォーンやアイポッド・タッチ向けのソフト市場に参入できます」
 アップル日本法人でアイポッドのプロダクトマネージャーを務める一井良夫氏は言う。
 ソフトを公開する前に、アップルの審査を経る必要があるが、よほど出来が悪い、あるいは公序良俗に反する内容ではない限り、審査は通過する。審査に時間がかかるなどの混乱はあったが、2009年2月にアップストアでの公開を希望したソフトのうち、96%が承認されているという。
 つまり、アップストアの世界では、プロもアマもない。アイデアとプログラミングの能力さえあれば、大学生でもサラリーマンでも誰でも参入できる、開かれた自由市場なのだ。
 確かに、アップストアにあるソフトは玉石混交。「クソゲー」と酷評され、ユーザーから見向きもされないようなゲームもたくさんある。言ってみれば“草野球”で、空振りでもいいから次々と無名選手が打席に立つようなものだ。

 対して、任天堂やソニーなど伝統的なゲームプラットフォームの市場は“メジャーリーグ”。打席に立っても恥ずかしくないソフトしか世に送らない。
 粗製濫造の末、ブランドが毀損されることを恐れると同時に、ソフトをDVDやROMカートリッジといったパッケージに収録し、全国の小売り流通網に乗せる以上、在庫リスクを軽減する必要があるからだ。
 だが、“究極の中抜き”が行われているアップストアには、低コスト体質という武器がある。
 すべてがダウンロード形式なので、物流費用は発生しない。ソフト配信で発生するコストは、サーバーの管理費とインターネットの回線費用くらいだ。末端の通信費用は、そもそもユーザーが負担している。
 ゲームソフトを販売する会社やクリエーターから見れば、コストはソフトの制作費と、アップルに支払う3割の手数料くらい。売り上げが生じたら、その7割の現金が、そっくりそのまま作者の口座に入金される仕組みになっている。
 しかも、アップストアの基本は「世界同時販売」。ソフトの登録を申請する段階の基本設定は、世界77カ国に向けた販売となっており、国際販売をしようがしまいが、手数料は変わらない。
クリエーターを吸い寄せる「アップストア・ドリーム」
 さらに言えば、アップストアでは、数十人のスタッフを使って数億円から数十億円の制作費を投じた大作より、空き時間に気軽に楽しむことができる簡単なゲームや、アイデア勝負のゲームが好まれる傾向にある。
 アップストアで醸成された独特の文化は、広告宣伝も不要にした。多くのゲームは、遊べる範囲や機能を限定した無料版を用意している。試してみて、もっと楽しみたい人は有料版を買ってくださいという、この手法は、アップストアのコメント機能による口コミ宣伝の効果を増幅させ、確実にお金を払うユーザーを増やしている。
 繰り返すが、確かにアップストアにクソゲーは多い。だが、世界の3700万台に開かれた自由市場には、かつてない参入障壁の低さと、誰でも巨万の富を手に入れることができる「夢」がある。
 この「アップストア・ドリーム」が磁力となり、世界中から才能に溢れるゲームクリエーターやプログラマー、小さなソフトハウスが次々と吸い寄せられているのだ。
 その結果、全体のレベルが底上げされ、斬新で独創的なゲームソフトが日々誕生していることも事実である。
「クリエーター人口拡大戦略」で追い打ちかける
 逆に言えば、既存のゲーム業界にとっては知の喪失、あるいは知の流出といった、憂慮すべき事態にあると言える。
 アイフォーンを左右前後に傾けたり、指で画面をはじいたりして、丸く可愛らしい小さなキャラクターをコロコロと動かすアクションゲーム「Rolando(ローランドー)」は、全世界で人気を博しているアップストアの代表的なゲームソフトだ。
 これを作ったのは、大手ゲームソフト会社、米エレクトロニック・アーツを辞めて独立した著名クリエーターである。
 もともとゲームボーイアドバンスや携帯電話向けのソフトを中心に作っていたオーストラリアのゲームソフト会社、ファイアーミントは最近、アイフォーン/アイポッド・タッチに宗旨替えをした。
 ゲームを作りたいと思っているクリエーター予備軍も、アップストアは次々と取り込んでいる。公開からわずか1カ月で5000万円以上の収益を得たシューティングゲーム「iShoot」の作者は、もともと米サン・マイクロシステムズのエンジニアだった。
 ポケットギターの作者、笠谷氏も、その口。中学生時代からプログラミングを始めた笠谷氏は、「ゲームソフトを作ることに憧れ、何度か試してみたけれど、その度に挫折した」と話す。だが今回、チャンスを得て、ゲームクリエーターとしてデビューすることができた。
 任天堂は「ゲーム人口拡大戦略」でユーザーの裾野を広げ、大成功を収めた。これを踏襲するかのような格好で、アップルはゲーム市場に打って出た。
 さらにアップルは、「クリエーター人口拡大戦略」とでも言うべきオープンな環境を用意することで、クリエーターの裾野を劇的に広げ、市場の活性化を促すことに成功している。
 任天堂のソフトあっての、任天堂の成功 ゲームソフトのダウンロード販売は、任天堂やソニーも始めている。昨年11月に発売したDSの新機種「ニンテンドーDSi」では、「ニンテンドーDSiショップ」にアクセスすれば、200円から800円程度のソフトを購入することができる。
 ただし、DSiショップは、アップストアのようにオープンな市場ではなく、依然として任天堂によって厳格に管理された“メジャーリーグ”であることに変わりはない。
 任天堂には、任天堂にしか作れないゲームを世に送り続けるという、プライドがある。「世の中を驚かせたい」「お客さんを喜ばせたい」というこだわりを守り抜くために、ストイックにゲームと対峙し、納得いくまでゲームを磨くプロ集団である。
 だからこそ、岩田聡社長曰く「飽きられたら終わり」という、娯楽産業ならではの厳しい環境の中で生き抜くことができ、DSやWiiで、マイクロソフトやソニーという世界の巨人を相手に大きな勝利を収めることもできた。
 「差別化された任天堂のソフトがあって、任天堂のハードは売れている。任天堂なら面白い、子どもが遊んでも安全だ、という安心感もある。アイフォーンとアイポッド・タッチは、独自の文化圏でそれなりに拡大していくだろうけれど、当面は任天堂のビジネスにそれほど影響を与えないのでは」
 ゲーム産業に詳しい岡三証券のアナリスト、森田正司氏がこう話すように、アップストアの繁栄が、すなわち任天堂を駆逐すると見るのは早計だ。
 だが、このまま既存のゲームプラットフォームメーカーが既定路線を崩さなければ、クリエーターやプログラマーが自由奔放にゲームを発表できる市場を、アップルが独占し続けることになる。
 同時に、アイフォーンとアイポッド・タッチは、2009年中に5000万台を超えるとの予測もある。日本での展開も侮れない。
 ソフトバンクモバイルは今年2月末、アイフォーンの端末代金の実質負担額をゼロ円にするキャンペーンを打ち出した。その効果を、孫正義社長は「対前月比で4~5倍、売り上げが伸びている」としている。
 アイフォーンとアイポッド・タッチが、1億台を超えるDS並みに普及した時、無数のクリエーターの後ろ盾を得たアップストアが、世界最大のゲームソフト市場として栄華を極めているかもしれない。
 少なくともアップルはそうなりたいと願っている。その証拠に、最近のアイフォーン関連のテレビCMやメールマガジンは、ゲームを強調した内容が多く、マスコミにも積極的にゲーム機としてのアイフォーンのピーアールを重ねている。
 市場を広く開放するべきか。それとも、このままプロの矜持を貫いて新興勢力に抗うのか。伝統的なゲーム産業の主役は、難しい選択を迫られている。
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