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変化するニュースメディアの生態系  新興サイト育てるライブドア(COLUMN1)
 新聞やテレビといった既存媒体が担っていたニュースメディアの生態系が変わり始めている。その中心となっているのが、独自の切り口で情報を伝える新興ニュースサイトだ。一口にニュースサイトと言ってもその運営手法や編集のスタンスは様々。そこで実際に担当者の話を聞き、ニュースサイトの将来を考えてみたい。
■「事件」が路線を変えた
 「結果的に見れば、ライブドア事件は(ニュース部門にとって)幸運だったのかもしれません」
 ライブドアでニュース編集を担当する藤沼正明はこう切り出した。ライブドアニュースは新聞社や通信社に限らず、ほかの新興ニュースサイトやブロガーの記事を積極的に取り上げているが、そのきっかけは東京地検特捜部の強制捜査に始まる一連の事件だったという。
 「堀江貴文氏が社長だったころは『ヤフーに追いつけ、追い越せ』で、ヤフーにあるものは何でもそろえるという考え。ところが事件で共同通信、産経新聞といった既存メディアが記事の配信から手を引いてしまったのです」
 2005年にフジサンケイグループの中核会社だったニッポン放送の買収に乗り出し既存メディア側に大きな衝撃を与えたライブドアだったが、その編集方針は事件を機に大きく修正を迫られた。      
■150を超える配信元
 共同通信はその後、ヤフーへの配信も停止するが、毎日新聞や産経新聞はネット戦略を強化するのに伴い、ヤフーとの関係を強めている。ライブドアが目標としていたヤフーには新聞社、テレビ局といった既存メディアが記事や動画を提供しており、トップページに掲載されるニュース記事の多くはそれらが占める。
 一方のライブドアでは「ナリナリドットコム」「トレビアンニュース」「独女通信」「27歳、OL6人物語」といったニュースサイト(コンテンツプロバイダー)、さらにはブログネットワークのアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)に加盟するブロガーの記事もニュースサイトに掲載している。配信元は150を超えるが、いわゆる既存メディアのストレートニュースは毎日新聞と時事通信のみだ。
 ライブドアはこれら新興ニュースサイトの記事を取り上げることで、ポータルサイトの中で一定のカラーを打ち出すことに成功しているといえるだろう。また、J-CASTニュースなど、ライブドアで知名度を高めヤフーにも記事を配信するようになったニュースサイトもあり、新興サイトを育てる「場」にもなっている。
 藤沼氏は「新たなニュースサイトの記事を扱うのはリスクがありますが、ヤフーにはできないと思い積極的に採用しました。そして気付いたらヤフーのカウンターメディアになっていました」と話す。人々が情報発信できるようになったこと、不祥事などでマスメディアの信頼感が揺らいでいることも、既存メディア以外のニュースソースが支持される要因となっているという。
■価値はユーザーが決める
 ネット上の情報は玉石混交と言われ、ブログやニュースサイトの記事には「これのどこがニュースなのか」との批判が常に付きまとう。ライブドアニュースは、選択肢をユーザーに与え、コンテンツを提供するというスタンスを貫く。
 「情報の価値を決めるのはユーザーです。いわゆる右や左といった区分もなく、ニュースを幅広く提供するのがライブドアの役割です。ある事象に批判も擁護も両方あっていいけれど、口を封じるのは良くない。タブーとして取り扱わないことに、後ろめたさを感じるようにしたいのです」
 オフィスも六本木ヒルズから赤坂に移り、堀江氏の印象は薄れたライブドアだが「既存メディアの記事にはバイアスがかかる。ニュースの価値判断は読者がするべき」といった考えは堀江氏がメディアのインタビューなどで発言していた内容に近く、その思想が静かに息づいているようにも感じられた。
■「ニュースとブログは融合する」
 藤沼氏はサッカー専門紙記者から、フリーライターを経て、ネットニュースを担当している。あるとき、ネットの情報発信を見て愕然としたという。
 「1億総ライター化時代が来たと思いました。面白いことを書ける人がたくさんいたのに、なぜ自分がプロとして収入を得られたのか。要するにマスメディアしか表現するところがなかったからだと気付きました。ブログの登場で遅かれ早かれマスメディアを中心としたニュースの構造が崩れると考えたら、書く人を応援する立場に回ったほうがいいと思ったのです」
 既存メディアなどから記事を集める手法でビジネスとして成立するサイトは、圧倒的なトラフィックを誇るヤフーぐらいではないかとライブドアは判断し、ニュースとブログの連携を強化していくという。ブログを活用した新たな広告を開発するメディア事業部企画グループの谷口正人シニアマネージャーは「ライブドアには幸い日本でも有数のブログがある。ニュースとブログを足して黒字にすればいいし、これらは最終的に融合するのではないでしょうか」と近未来を見通す。
 ライブドアニュースは「ニュースブロガー」と名づけたブロガーの記事をニュースとして掲載しているが、さらに敷居を下げてすそ野を広げていく方針だ。現在、ニュースブロガーは10人だが、問い合わせは30件ほどあり、時間をかけて探していくという。
 ライブドアニュースの利用者は、ネットリテラシーも情報感度も高いと谷口氏は分析する。「下手なニュースのコメンテーターより面白いことを書いてくれる人もいるのに、なかなか既存メディアでは取り上げられない。そういう人が注目されて、最終的にはお金も稼げる。ライブドアのブログに書いてスターになれるようにしたいですね」



「A列車で行こうDS」にはまったゴールデンウィーク <COLUMN2>
 このゴールデンウィーク中は、「A列車で行こうDS」(アートディンク)にはまってしまった。このゲームが傑作であることは間違いないのだが、同時にゲームの奥底に流れる「昭和の匂い」に浸る休日でもあった。
 A列車は日本の鉄道会社が田舎に線路を敷いて、その沿線で街作りを進めていくというゲームだ。鉄道を中心に不動産やデパートなど様々な関連事業に進出し、グループ全体で大企業に発展していくという都市化のプロセスを体験できる。
 4月23日に発売された「ニンテンドーDS」版は本当に完成度が高い。現在のDS向けゲームの中でも特にインターフェースが洗練されており、本来は複雑な財務諸表や資産の見方などを簡単に理解できるようにしている。初心者向けに複雑な要素を説明する「チュートリアル」機能も充実している。
■眺めているだけで満足感
 同じところから始めても、他のプレーヤーと同じ展開には決してならないであろう唯一無二の箱庭の街には不思議な愛着が湧く。ただ眺めているだけで何とも言えない満足感を得られるのだ。
 DS版A列車に熱中しつつ、このゲームは昭和という高度成長時代があればこそ誕生したのだと改めて感じた。
 DS版につながる源流は、1990年にリリースされた「A列車で行こう3」だ。私自身、当時のNEC「PC-9801」で遊んだときの驚きは忘れられない。鉄道会社の経営シミュレーションというシステムは革命的だった。そして、そこに流れるテーマは約20年後の今も大きく変わっていない。
■DSで次々復活する経営ゲーム
 A列車では、何もない田舎の風景に、線路を敷いて、駅の場所を決める。そして、電車を走らせる。最初こそ、大きな赤字を抱えながらスタートするが、人口を増やすためにマンションを建てたり、コンビニなどの商業施設を開いたりすることで、だんだんと駅周辺の人口が増え、鉄道事業が黒字化していく。
 経営ゲームは日本ではあまりヒットすることのない分野だった。多くの情報や数字を扱うため、ゲーム機のコントローラーよりマウスの方が向いている。そういう理由もあってパソコン向けで発展してきた経営ゲームが多いのだが、そもそも日本ではパソコン向け市場そのものがほとんどなくなってしまった。
 A列車シリーズは、「プレイステーション2(PS2)」時代に3次元グラフィックス化をしていくが、ゲームシステムや操作がわかりにくくなり苦戦した。昨年3月には、ウィンドウズ版「A列車で行こう8」が発売されたが、ハードウエアスペックや値段が高いことなどもあって、あまりヒットしていない。しかし、DSであればタッチペンによるインターフェースを使うことができる。
■ゴールはあるが終わりはない
 こうした経営ゲームを遊んでいて困るのが、時間をあっというまに消費してしまう点だ。何をしているというわけでもないのに、どうしても画面から目が離せない。プレーヤーの期待とは裏腹に街の変化は緩やかだ。
 最初は自分の敷いた鉄道や事業が赤字になっていないかと心配する。それが数百万円の黒字を生むようになりひと安心。さらに数千万円の黒字となり、億を超えると、理想の都市を造ろうという欲求が湧いてくる。
 だから会社はどんどん大きくなる。それぞれの面には「ゴール」が設定されているが、ゴールを越えた後もそのまま自由に続けることができる。自分が決めるまで終わりがない点こそが、このゲームの醍醐味でもある。
 現実の世界でも、お金がこんなに増えればいいのにと、半分苦笑してしまう。
■ゲームの面白さ生む「線形性」
 ゲームの面白さを生む本質の1つは、そのゲームの世界に確実な「線形性」が存在することだ。言い換えれば、ゲーム内の因果関係が明瞭ということである。
 数理系トレーダーのナシーム・ニコラス・タレブは著書「まぐれ」(ダイヤモンド社)のなかで、人間の脳の持つこの癖を指摘している。「2つの変数の間に因果関係がある場合、人は原因のほうの変数が安定していれば結果のほうの変数も必ず安定している物だと思う。たとえば、毎日勉強していればそれに比例して何かが身に付いていると思う。進んだ気がしないとやる気が出ない。でも、現実は厳しく、線形で正の進歩なんてめったにない」
 逆に言うならば、面白いゲームは何かをすればすぐに結果が表れる。この明確な線形性がわかりやすく人を惹きつける魅力になっている。現実よりゲームのほうが楽しいのにはそうした理由がある。
 A列車では、いったん利益が出始めると、それが今後とも継続するだろうと疑いもなく信じることができる。ゲーム画面から目をそらせないのは、表示される情報の変化すべてに「確実」に意味があるからだ。
 ゲームは、社会シミュレーションのようなジャンルでも、こうした線形性で構成されている。現実の持つ「非線形」を取り込むことはできない。例えば、何の予告もなく自分の会社が外資系の投資ファンドに乗っ取られゲームオーバーと表示されれば、誰もが怒るだろう。しかし、そうしたことが起きるのが現実の非線形というものである。
 かつての日本の高度成長期は、現実世界でありながら線形性に恵まれた時代だった。社員の福利厚生のために毎年10億円も20億円もお金をかける。それで社員の志気が上がり、業績も上向いた。業績が悪化するとすぐに人件費のカットを求める今とはまるで反対だ。
■平成版「A列車」はどんな姿に?
 A列車において巨大に成長した都市では、プレーヤーがすることはほとんどない。最もお金のかかる新幹線を作り、空港を作り、キャッシュフローが3000億円に到達して使い道がなくなったとき、私はこのゲームをクリアしたと考えることにした。同時に、私は「昭和が終わった」という気持ちになる。
 現実の世界でも、公共事業による社会インフラ整備が続く間は、年間6%といった高度成長が達成される。今の中国もそうだろう。しかし、インフラが整い終われば、いずれ低成長時代に入っていくはずである。
 それでは、低成長時代の平成版A列車とは、どのような姿だろうかと夢想している。やはり、敵対的買収やサブプライムローン問題と戦うのだろうか。
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