高速化などの新戦略を打ち出すイー・モバイルが抱える課題

高速化などの新戦略を打ち出すイー・モバイルが抱える課題
 新たに下り最大42Mbpsの高速通信が可能な「EMOBILE G4」の提供を発表したイー・モバイル。スマートフォンの投入を再開するなど新しい動きも見せつつある一方、得意とするモバイルデータ通信での競合の増加や利用者の増加による混雑など、足元の課題も増えつつある。新戦略発表会の内容を中心に、同社の現状と今後について考察してみよう。
DC-HSDPAによる高速化で下り最大42Mbpsを実現
 イー・モバイルは10月28日、冬商戦に向けた新サービスの発表会を開催した。発表された同社の戦略の中で大きなポイントとなるのは2つだ。
 1つ目は、DC-HSDPAという方式を用い、下り最大42Mbpsの高速通信を実現するサービス「EMOBILE G4」。DC-HSDPA方式を簡単に説明すると、現在の回線を2つ束ねて速度を2倍にするというもの。従来1つの周波数帯域を使って受信していたのを、隣接するもう1つの帯域も使い、これを同時に受信することで、通信速度が2倍になるというわけだ。イー・モバイルの下り最大通信速度は21Mbpsであることから、この方式の導入により通信速度は最大42Mbpsとなる。
 DC-HSDPAを用いたサービスを提供するということ自体は7月に発表しており、先行して実証実験やデモを公開している。また、今回の発表会において、同社代表取締役社長のエリック・ガン氏は、イー・モバイルがこの方式を実現するため、エリクソンやクアルコムなどの基地局・チップセットメーカーに積極的な働きかけをしたことをアピールしていた。こうしたところからも、同社がDC-HSDPAに対する取り組みに非常に力を入れていることが分かる。
 料金面においても、従来の21Mbpsの通信が可能なプランをそのまま継承して据え置くという配慮が見られる。バリエーションが少ない21Mbps対応の端末同様、EMOBILE G4対応機種もUSB接続タイプの1機種のみと限られるのが難点だが、PCでの利用、かつ高速性を求める人にとっての選択肢としては悪くない。
急遽スマートフォンの投入も発表
 2つ目は、スマートフォンだ。かつては多くのスマートフォンを市場に投入していたイーモバイルだが、2008年12月に発売された「Dual Diamond」(S22HT)以降、2年近くスマートフォンは投入しておらず、データ通信の需要開拓に力を入れていた。
 だがここにきて、再びスマートフォンの投入に動いたようだ。新たに投入が予定されているのはHTC製の「HTC Aria」という端末で、海外ではすでに20カ国以上で提供されている。Androidを搭載した小型のモデルで、大画面を重視した国内キャリア他社のスマートフォンとは一線を画している。
 この端末の投入には、同社で過去に人気のあったスマートフォン「Touch Diamond」(S21HT)が影響しているようだ。Touch Diamondの発売からちょうど2年が経過し、“縛り”が解ける時期であることから、縛りの解けたユーザー向けの後継機として位置付けられているといえるだろう。Touch Diamondもスマートフォンとしては小型であったことを考えると、同社がHTC Ariaを採用したというのも納得がいく。
 ちなみにHTC Ariaの発表は当初予定されていたものではなく、サプライズとして急遽実施されたもの。それゆえ、発売時期はもとより、端末の機能についても決まっていない部分が多いようだ。詳細は改めて発表するとしている。
課題が増えつつあるイー・モバイルの現状
 かつては3Gによる高速データ通信、さらにネットブックのブームにより堅調な伸びを示してきたイー・モバイル。だが最近は以前と比べると好調さが影を潜めつつあるような印象を受ける。
 それにはさまざまな理由が考えられるだろう。まず、競争相手の増加だ。こと都市部においては、UQコミュニケーションズの「UQ WiMAX」の基地局整備が進んだことで、高速性や“縛りなし”という料金面が優位に働くようになり、人気を高めてきている。また、最大手のNTTドコモもモバイルデータ通信に力を入れており、新興キャリアには難しい“全国どこでも利用できる”というメリットを生かして勢力を拡大。今冬には現在の3Gよりも高速な“LTE”という方式を用いたサービスの提供を予定している。
 次に、人気デバイスの変化だ。かつての伸びを支えていたネットブックの売り上げは大きく減少しており、現在のデータ通信需要は、スマートフォンやタブレット型デバイスをはじめとした、非PCデバイスへとシフトしつつある。イー・モバイルも「Pocket Wi-Fi」の提供でこうした市場に食い込んではいるが、本体に組み込むタイプの機器を投入していないというのは弱みであろう。
 そして最後は、利用者の増加による回線品質の低下だ。PCを主体としたデータ通信は、携帯電話と比べデータ通信量が大きくなりがちだ。それゆえ、大都市圏の一部のエリアなどでは利用者が増加したことでイー・モバイルの回線がつながりにくくなったり、低速になってしまったりするという現象が多く見られるようになった。最近、それが同社の評価を落とす要因へとつながっている。
市場動向の変化で戦術が通用しづらい?
 イー・モバイルもこうした状況に対して、さまざまな対策を打ち出している。インフラ面においては、今回のEMOBILE G4によって高速性を実現。都市部での混雑については、一部、ヘビーユーザーに対する帯域制限強化や通信量制限のある料金プランの導入などで対処をする一方、DC-HSDPAの導入と共に回線容量も強化していく方針だ。さらに地方で多く見られる電波が弱く接続しにくい“弱電界”の地域についても対策を進めていくようだ。
 デバイス面では、新たにスマートフォンの投入を発表しているが、やはり端末のバリエーションの少なさは課題となってくるだろう。Pocket WiFiで長く同社の独壇場であったモバイルWi-Fiルーターについても、UQコミュニケーションズが力を入れるようになったほか、NTTドコモも「ポータブルWi-Fi」の導入で攻勢をかけてきており、安泰とはいえない。
 イー・モバイルは、利用者が少なく回線に余裕があるという新興キャリアならではのメリットを生かし、さらにネットブックとのセット販売への注力や、Pocket WiFiの提供など、選択と集中をうまく行うことで成長を続けてきた。だが、サービス開始からおよそ3年半が経過した現在、契約数が274万を超え(2010年9月時点)多くのユーザーを抱えたことで、回線面ではかつての余裕がなくなってきている。
 ユーザーニーズが多様化の方向に進み始めているというのも悩み所だ。ことスマートフォンやタブレット型デバイスのように、データ通信端末と比べ調達価格が高額な端末が人気という現在の状況は、体力が弱い同社にとって大きなリスク要因にもなり得る。
 こうした状況を見るに、市場のさまざまな変化から、イー・モバイルが従来展開してきた戦術が通じにくくなってきているともいえる。この難局をどのような手段で乗り越え、新しい戦術へと結び付けていくか。同社にはしばらく難しいかじ取りが求められることになりそうだ。


世界経済「不均衡放置なら危機再燃」 ポールソン氏
リーマン・ショックから2年
 2008年9月のリーマン・ショックから2年が過ぎても世界経済はふらついている。当時の金融危機から何を学び、どう生かすべきなのか。パニックのさなかに米財務長官を務め、危機の一部始終を知る立場にあったヘンリー・ポールソン氏に聞いた。
 ――近著で危機を「米経済史の暗い一章」と位置付けました。
 「米国と世界にとって、大恐慌以来最も過酷な金融危機だったのは間違いない。しかし、大恐慌にはならなかった。時代遅れの規制と権限しか政府は持ち合わせていなかったが、金融市場を落ち着かせることができた。後世、歴史は評価してくれると思う」
 ――金融機関の救済など、民間への大規模な介入にためらいはありませんでしたか。
 「市場信奉者の私ですら迷わなかった。私も周囲も事態の深刻さを甘く見ていたが、それにしても介入すべき深刻さには達していた。悩んだのは介入するかしないかではない。限られた権限でどう介入するかだ」
 ――危機の反省で金融規制改革法が成立しました。
 「非常に前向きな変化だ。米国は金融技術など市場の行き過ぎた変革が規制を追い越し、問題が起き、規制が追いつくことの繰り返しだった。大恐慌後の古い規制が土台で、規制はつぎはぎだらけだった。市場の進化に対応できる柔軟さが欠かせなかった」
 「改革法は規制当局が共同で市場を監視し、金融システムの脅威を事前に察知する仕組みを盛り込んだ。救済を当て込んで金融機関が過大なリスクを取るモラルハザード(倫理の欠如)を防ぐために、行き詰まったら政府が管理下に置き、円滑に破綻処理をする権限も得た」
 「それで危機が防げるのかといえば、もちろんノーだ。市場がある限り危機は起きる。金融システムの集中度も高まった。米銀の金融資産のうち上位10行が占める比率は、20年前の10%から60%に上昇した。財務省の私の後任たちも、危機対応を迫られるだろう。しかし、今や多くの道具がある。危機の震度は今回より小さくて済むはずだ」
 ――世界各国も金融規制に動いていますが、内容の食い違いも表面化しています。
 「世界統一の規制は、望ましくとも現実的でもないと思う。各国は経済システムも文化も異なるからだ。しかし、規制当局が緊密に協調することは欠かせない。各国はグローバル経済のなかで生きており、どこかで問題が起こったら世界各国に波及する。まさに今回の危機の教訓だ」
 ――危機の根源には世界経済の不均衡問題があるというのが持論です。
 「米国のように人々が極端なほど貯蓄せずにお金を消費に回し、国家としても外国から多額を借り入れている国々がある。一方で真逆の国々もある。このような危うい構造は改善していない。経済も政治も体制が異なる国々の交渉は難しいが、変えなければ数年後に同じような危機を迎えることを、各国の政策当局者たちは理解すべきだ」
 ――各国が経常収支を一定以下に抑える数値基準を米政府が主張しています。
 「そのような種類のものに合意すべきだ。経済構造は一夜では変わらないが、進展がないと大きな不均衡は続き、あまりに巨大な資本移動を国を越えて巻き起こす。危機はそれが経済の安定とはほど遠いことを示したし、資本移動の勢いは今も増している」
 ――世界経済を米国が支える時代は終わりますか。
 「米経済は長期間、大きく強力であり続けるだろう。加えて幸運にも中国やインドなどの新興国が成長している。多極的な成長は危機を経て変わりつつある世界経済の現実で、G20の枠組みが動きだしたのもそのためだ」
 「先進国の為替レートは、程度の差こそあれ市場が決めてきた。だが、今や巨大な経済を持ち、貿易ではグローバル経済に組み込まれているのに、通貨の仕組みはグローバルではない新興国も多い。中国は典型的な例で、中国は人民元の水準を市場が決めることを目標とすべきだ」
 「世界経済は大きく回復し、特に金融システムは安定している。だが、景気の立ち直りには時間がかかるだろう。だからこそ保護主義が現実の脅威といえる。自国経済が良くないからといって内向きになれば自滅していくだけだ」
日本、改革すすめ競争を
 ――日本の課題と機会をどう見ていますか。
 「日本には2つの経済がある。世界中で戦う一流のグローバル企業があるかと思えば、殻に閉じこもって競争を避けがちな経済もちらつく」
 「少子高齢化やデフレの問題を抱え、日本は極めて低い成長に直面している。でも悲観せずに自国のグローバル企業に学んでほしい。改革を進め、競争に立ち向かえば多くの機会に恵まれる。問題に対処できる豊富な金融資産があり、世界の頂点に立つ環境技術を誇る国ではないか」

日本勢の電子書籍端末に「PC-98」化の懸念

日本勢の電子書籍端末に「PC-98」化の懸念
世界を相手にしたハードウエアと言えるのか?
 小説や雑誌のインターネット配信を巡るニュースが日ごとに増えている。米アップルの「iPad(アイパッド)」、あるいは「iPhone(アイフォーン)」を筆頭に、書籍データの閲覧が可能な携帯電話や多機能情報端末の登場が相次ぎ、多くのメディアで「電子書籍元年」と伝えられているのはご存じの通り。
 インプレスR&Dによれば、日本の電子書籍市場は現在574億円で、2014年には1300億円規模に膨らむ見込みだという。
 ただ、盛り上がりの一方で、ある懸念が浮上している。それは書籍を読む端末なのだ。今回は電子書籍に不可欠な存在、ハード面にスポットを当ててみたい。
「電子書籍化」のオファーが来た
 「アイバさんの既刊を電子書籍化する企画が進行中です。ついては・・・」
 先月、筆者の元にこんな趣旨の連絡があった。数年前に筆者の小説を発売した版元からだ。この作品を電子書籍化し、早ければ来春にも再び発売するという。
 この小説は、既に筆者と他の出版社の間で文庫化の話が進んでいたが、電子書籍と文庫の権利を別々に管理することが可能とのことだったので、企画にゴーサインを出した次第だ。
 主要メディアで伝えられた、電子書籍を巡る主立った企業の連携、相関図は以下のようになる。
 まずは米国勢。「アップル」(端末は「iPad」「iPhone」)と「アマゾン」(端末は「Kindle(キンドル)」)が有力なのはご存じの通りだ。
 日本勢では、「ソニー/KDDI/凸版印刷/朝日新聞社」「東芝/凸版印刷」「シャープ/カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)」等々の陣営が事業化に向けて名乗りを上げている。現点で詳細は明かせないが、これらの陣営の1つから、拙著の優先配信が始まる見込み。
 筆者は新聞や雑誌での連載を抱えているほか、複数の小説をリリースしてきたこともあり、紙媒体に対する愛着は非常に強い。
 一方、電子書籍という新たな潮流とも無縁ではない。当欄をはじめ、ネット媒体で複数の連載を持っているからで、紙媒体と電子書籍とがうまく共存していくことを願う1人だ。
 出版不況の折り、電子書籍というチャネルを通じ、より多くの読者に拙著を知ってもらいたいというのが本音でもあり、これが先の電子書籍化のオファーを請けた最大の動機なのだ。
かつて「国民機」とも呼ばれたパソコン
 拙著の電子書籍化の企画が動き始めて以降、筆者は民生用電機や電子部品に詳しい旧知のアナリストたちに、日本勢の端末事情について尋ねた。すると意外な答えが返ってきたのだ。
シャープが12月に発売する電子書籍専用端末「GALAPAGOS(ガラパゴス)」〔AFPBB News〕
 曰く、「日本勢の端末は、かつて国民機とも呼ばれたパソコン『PC-98』のようになってしまうかもしれない」・・・。
 キーワードは、「ハードの世界標準」である。
 小説を例にとってみよう。日本の小説の大半は縦書きであり、無数の読み仮名、脚注等の日本語独特の要素を含んでいる。電子書籍を作るに当たり、こうした要因が、特殊な言語表記の処理に長けた様々な業界による「日系企業連合」の背景になっている。
 ただ、旧知のネタ元によれば、この要素がクセモノだというのだ。
 パソコンが個人向けとして普及し始めた当時、CPUの処理性能(CPUがソフトウエアを走らせるスピード)は現在よりも格段に劣っていた。そのため日本語の変換や表示を高速に行うのには、ハードウエアとしての処理が必要だった。
 当時、NECが開発した日本独自仕様のパソコン「PC-98」シリーズは、そうした高い日本語処理性能を持ち、圧倒的なシェアを誇っていた。
 ただ、その後、CPUとOSの性能が飛躍的に向上するとともに、海外メーカーのパソコンの日本語処理速度もレベルアップした。そんな中で、マイクロソフトのOS「Windows」を搭載したパソコンが日本でもシェアを高め、PC-98はやがて市場から駆逐されていく。
「iPad、ギャラクシーとその他大勢」という構図
 こうした構図を電子書籍向けの端末に置き換えてみよう。
 複数のアナリストに取材したところ、その大半からは「日本メーカーの端末は競争力に乏しい」との答えが返ってきた。その理由は、「1億人の市場のみをターゲットにしたものであり、アップルのiPadや、サムスンのGalaxy(ギャラクシー)のように数十億人のユーザーを想定した商品になっていない」というのだ。
 実際、筆者も某日系メーカーの端末に触れてみたが、日頃愛用しているiPadよりもズームやその他の主要動作が遅かった。平たく言えば、操作時の「サクサク感」が格段に劣っているとの印象を受けた。
 アマゾンのキンドルのように「読書専用」として機能を絞り込んだわけではない。iPadやギャラクシーのように「読書もできる多機能端末」を志向したものの、「その性能が中途半端」とアナリスト連は見ているのだ。
 某メーカー担当者が匿名を条件にこんな内情を明かしてくれた。「世界市場向けではないため、部材調達で規模のメリットを生かせなかったし、開発費も限定的にならざるを得なかった」。お叱りを承知の上で言えば、電子書籍の日本語専用端末は「そこそこの商品」というわけだ。
 今後、書籍の電子化が増加していくのは間違いない。ただ、日本の場合、この動きが諸外国のように加速するとは考えにくい。そう言い切るのは暴論だろうか。
 データを走らせる専用端末が企画当初から「そこそこ」であれば、消費者は見向きもしないはず。実際、筆者はiPadを上回る機能性、あるいは同等の性能がなければ、新たな端末を買い求めようとは思わない。むしろ、読書専用と割り切った端末を選ぶ。
 そして、コンテンツを供給する作家の立場としては、日本語専用端末の普及の度合い、ユーザーの意見を加味しつつ、今後の自作の電子化に向き合っていく腹積もりだ。



TPP「交渉参加」表明見送り 出遅れ日本相手にされず、門前払いも
 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への「交渉参加」に踏み込めなかったことで、日本は参加国から相手にされず、ルールづくりに大きく乗り遅れるのは避けられない。交渉は来年11月の合意に向け着々と進行。米国は、農業問題を抱える日本が入れば、「スピードが遅れる」とあからさまな迷惑顔を見せている。このままでは米国主導で決まった枠組みを「丸のみ」するか、「不参加」という選択を迫られる恐れがある。
 「(菅直人首相の所信表明の)『参加検討』からほとんど前進していない。これではお話にならない」
 経済産業省幹部は、失望感を隠さない。
 原則としてすべての関税撤廃を目指すTPPは、2国間の経済連携協定(EPA)のように、コメなどの特定分野を例外扱いにした形での交渉参加は認められない。しかも参加を表明してもすぐに交渉に入れるわけではなく、参加9カ国と協議し、それぞれ承認を得る必要がある。
 10月に交渉参加が認められたマレーシアは、政府調達など非関税障壁分野の自由化方針を強くアピール。一方、カナダは酪農などの市場開放が十分でないとの理由で参加を断られた。
 外務省幹部は、「市場開放への相当の覚悟を示す必要がある」と指摘する。交渉参加を前提としない「協議」を申し入れても、カナダのように門前払いになる可能性がある。
 実際、米政府は日本の参加を表向きは歓迎しながら、「『ハードルを下げるつもりはない。農業問題を本当にクリアできるのか』との疑念を伝えてきている」(日本政府筋)という。方針決定をめぐる迷走で、米国がさらに不信を深めるのは必至だ。
 米国など参加9カ国は、今後6回の会合を行い、来年11月にハワイで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)でのTPP妥結を目指している。
 これに対し、日本がTPP参加で打撃を受ける農業の強化策を打ち出すのは、来年6月。「国を開くときは先に対策があって、その後に交渉、批准がある」(玄葉光一郎国家戦略担当相)というスピード感が欠如した対応では、TPPのルールづくりにまったく関与できない。
 「TPPに参加しないと日本は世界の孤児になる。政府関係者には国益をよく考えてほしい」(米倉弘昌日本経団連会長)
 出遅れが、国際競争力の低下に直結する経済界の危機感は菅政権には届いていない。



ブラジル 好調経済が生んだ女性大統領(11月7日付・読売社説)
 21世紀の世界経済を牽(けん)引(いん)する南米の大国ブラジルに、女性大統領が生まれることになった。
 ルラ大統領の任期満了に伴う大統領選挙で、与党・労働者党のジルマ・ルセフ元官房長官が先月、決選投票の末に野党候補を下し、当選した。来年1月に就任する。
 ルセフ氏が継承するのは、今年7%台の成長が見込まれる、世界でも有数の好調な経済だ。当選後の記者会見では、「経済の安定成長と貧困の撲滅、ブラジルの国際的な地位の向上に努める」と、ルラ路線の継続を約束した。
 元左翼活動家から行政官に転身したルセフ氏は、行政能力こそ折り紙付きだが、政治家としての能力は未知数だ。
 当選できたのは、圧倒的多数の国民が支持するルラ現大統領が後ろ盾になっていたことが大きい。独り立ちしても指導力を発揮していくことが求められよう。
 “師匠”のルラ氏は立志伝中の人物だ。貧しい家庭に育ち、旋盤工から労働組合の闘士を経て、4度目の挑戦で大統領になった。
 就任当時は急進左派と警戒されたが、その経済政策は現実的で、激しいインフレを収束させたカルドゾ前政権の財政安定化政策を踏襲し、世界10位内の経済大国へ発展させた。債務危機の常連国は、純債権国へと面貌(めんぼう)を一新した。
 その繁栄を背景に、低所得者層へ生活支援を行って所得水準を向上させた結果、中間層は約1億人に拡大した。
 国際社会では、開発途上国の代表としての発言力を強めた。
 ブラジルは、世界20か国・地域(G20)首脳会議の一員であり、日本やインド、ドイツと組んで、国連安全保障理事会の改革に取り組んでいる。ロシア、インド、中国とは新興4か国(BRICs)首脳会議を開いている。
 2014年のサッカーW杯、16年のリオデジャネイロ夏季五輪の開催は一層の飛躍につながる。
 ブラジルは、鉄鉱石やボーキサイト、レアアースなど豊富な鉱物資源を持ち、近年は、深海油田の開発が進んでいる。
 資源の調達先としても、巨大な消費市場としても、日本には重要な国だが、中国や韓国、欧米各国との競争は激しくなっている。
 日本は、移民100年の歴史などを通じてなじみが深い。そのきずなは最大限に生かしたい。女性大統領の登場を機に、省エネや農業開発、環境ビジネス、高速鉄道、宇宙開発など各分野で、両国関係をさらに進展させるべきだ。

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